袖香る少将 二

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「ま、客のほとんどはべろんべろんに酔っぱらってて、他人の歌なんかまるで聞いちゃいなかったけどな。さすがに権大納言も、そこまで間抜けな娘を後宮に入れる気にはならなかったんだろう」  酷評しながらも、明衡はいそいそと外出の支度をしている。装束にも小物にも念入りに香が焚きしめられていた。  ふわりと鼻先をかすめたその薫りに、良成は覚えがなかった。ふだん明衡が愛用している薫衣香(くぬえこう)の薫りではない。 「少将さま。この薫りは……」 「心配するな。女からの移り香じゃないから」 「わかってます。こんな異国風の薫りは、女性がもちいるものじゃないでしょう。いったいどうなさったのですか」 「おまえのその物言い、乳母にそっくりになってきたな」  そして明衡はかすかに微笑んだ。 「とある方に教わった秘伝の香だ」  貴族たちがもちいる香は、使う本人が作るのが原則だった。香木の配合や土中で寝かせる期間などそれぞれ独自の工夫を凝らし、他者には教えない一族の秘伝などもあった。  明衡の袖から薫る香は、白檀が基調なのかさらりと乾いてどこか異国めいた、不可思議な優しさを感じさせる薫りだった。 「とある方とは?」 「秘密だ。それだけはおまえにも言えない」  良成はそれ以上の追求を飲み込んだ。
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