袖香る少将 四

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「ちょっと楓子! 袴一枚縫うのに、どれだけかかってるのよ!」  ぼんやりした楓子の夢想を、けたたましい金切り声が打ち砕いた。 「私の袿はどうしたの、早くしてよ!!」  ばさばさと衣の裾をひるがえし、また峯子が室内に入ってきた。無論、入るわよ、の一言もない。  楓子ははっと我に返った。慌てて両手を床につき、平伏して峯子を迎える。  妙にほほが火照る。このほほの赤さを峯子に見咎められなければ良いのだが。 「すみません。今、仕上げています。大納言様の表袴と袍はそこに」  できあがっていた装束を示すと、峯子は高慢な仕草で顎をしゃくり、うしろに控えていた女房に持っていくよう命じた。 「わたしの袿、早くしてよ。それの他にも裳とか単衣とか、縫ってもらいたいものは山ほどあるんだから。ああ、そうそう。そろそろ紅の袴も作らなくちゃ! 結婚したら、女はみんな、濃き色の袴から紅の袴に替えるんですものねえ!」  峯子は自慢たらたらだった。宰相中将との婚儀も、彼女の頭の中ではすでに決まったも同然なのかもしれない。
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