袖香る少将 一

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「それで、どんなお歌が良いのでしょう」  声がふるえそうになるのを必死で抑えながら、楓子は言った。今は和歌を作ることに集中しよう。 「そうねぇ。まだ二通めだし、すぐになびいちゃ、安っぽい女だと思われるわ。切り返しの歌にして」  切り返しの歌とは、男性からの恋歌に対し「その気はありません」とつれない返事をする歌である。  けれどあまりにも容赦なく断ってしまうと、男が諦めて手を引いてしまうかもしれない。女の方にも気がある場合は、断りはするが可愛らしさものぞかせて、まだ望みがあるのだと男に思わせなければならない。  和歌のやりとりは、知的な遊戯だ。自分の持てる文学の知識やユーモア精神、美意識を総動員して、自分の本意をさりげなくほのめかし、あるいは贈る相手に謎をかける。  その真意を読み解けなければ相手の器が足りないということ。そうやって何度も和歌をやりとりする間に、相手の知的レベルや人柄を推し量るのだ。
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