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どのくらいそうやって、針の動きに神経を集中させていただろう。
格子の外はすっかり暗くなり、虫の音が淋しげに響いている。
秋の夜は長い。
ふと気づくと、その虫の音がぴたりと止んでいた。
ほとほと、ほとほと……と、格子を叩く音がする。
楓子は顔をあげた。
誰、とは問わなかった。
さやかな秋の夜風が運ぶこの薫りが、訪問者の名を教えてくれる。
「ここを開けてくれ」
格子の向こうで少将明衡が言った。
「どうしてもそなたに確かめてもらいたいものがあるのだ。頼む、この格子を開けてほしい」
「少将さま?」
声の様子が昨夜とまるで違う。ひどく真剣で、楓子の胸に突き刺さるようだ。
楓子は一瞬ためらったが、すぐに意を決し、格子に手を伸ばした。
持ち上げた格子の隙間から、明衡の横顔が見える。
十六夜の月明かりに照らされたその表情はどこか険しく、恋に浮かれ騒ぐ好き者の印象など微塵もなかった。
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