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「これを」
室内を覗き込まないようにしながら、明衡は一枚の陸奥紙をそっと差し出した。
「ひとのゆきし……」
凛として力強く、いさぎよささえ感じさせる筆の運び。何もかもを捨てて旅立つ決意が見てとれる。
「その手跡に見覚えはあるか」
明衡の問いかけに、楓子は息を飲んだ。
……ある。この筆跡を、わたしは知っている。
楓子は一旦、蔀戸のそばを離れた。
文机の上に置いてあった古今集を手に取り、明衡に差し出す。
「ご覧下さいまし」
手擦れて、紙もすっかり黄ばんでしまった古い歌集。楓子がただ一冊の和歌の教本と暗記するほど繰り返し読んだその本は、楓子の父が書写したものだ。
「これは……!」
月明かりのもと、手紙と古今集の筆跡を見比べた明衡は、絶句した。
ふたつの筆跡は、あきらかに同一人物の手によるものだった。
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