袖香る少将 四

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この古今集は、わたしの父が書き写したものと聞いております」 「……父!?」  驚愕する明衡に、楓子は小さく、けれどしっかりとうなずいた。 「では、そなたは――。こ、この香を使っていた人物というのは……!」 「はい。亡きわたしの父です」  明衡は言葉もなく、楓子を見つめた。  女性の顔を真っ向から見てはならないという貴族社会の礼儀すら、頭から吹き飛んでいるようだ。格子を強く握り締めた手が、関節も白く浮き上がり、かたかたとふるえていた。  ……いったいどうしたの。少将さまがこんなに驚かれるなんて。  やはり自分の父は、その名を口の端に昇らせるのもためらわれるほど、厭わしい人物だったのだろうか。 「そなたの……そなたの、父君の名は――?」  今度は楓子が言葉を失う番だった。  ……言えない。  言えない。父の名も身分も、その顔すらわからないなんて――!  そんなことを言ったら、明衡に軽蔑されてしまう。
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