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この古今集は、わたしの父が書き写したものと聞いております」
「……父!?」
驚愕する明衡に、楓子は小さく、けれどしっかりとうなずいた。
「では、そなたは――。こ、この香を使っていた人物というのは……!」
「はい。亡きわたしの父です」
明衡は言葉もなく、楓子を見つめた。
女性の顔を真っ向から見てはならないという貴族社会の礼儀すら、頭から吹き飛んでいるようだ。格子を強く握り締めた手が、関節も白く浮き上がり、かたかたとふるえていた。
……いったいどうしたの。少将さまがこんなに驚かれるなんて。
やはり自分の父は、その名を口の端に昇らせるのもためらわれるほど、厭わしい人物だったのだろうか。
「そなたの……そなたの、父君の名は――?」
今度は楓子が言葉を失う番だった。
……言えない。
言えない。父の名も身分も、その顔すらわからないなんて――!
そんなことを言ったら、明衡に軽蔑されてしまう。
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