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「まあぁ……ッ!! なんということを、あの娘……ッ!!」
ばさばさと衣をさばく音、そして荒っぽく簀を踏みならし、こちらへ渡ってくる足音。
「いけない、北の方だわ!」
「北の方? 権大納言の正妻か?」
「お立ち去りください、少将さま! 早く!」
だが、間に合わなかった。
衣の裾を持ち上げ、大股で走ってきた方子が、明衡の行く手をふさぐように立ちはだかる。
方子の鬼女のような形相が、楓子にも見てとれた。
そして方子の背後に隠れている、告げ口をした女房の小狡そうな表情。
方子が女房たちに密告を奨励していることは知っていた。
同僚の非を密告した者にこっそり褒美を与えることで、女房や使用人たちが互いに監視し合うようにし向け、それで仕事の手を抜く者がいなくなると方子は考えていたのだ。
そして今夜は、その密告者の目が楓子に向けられていたわけだ。
「まあ……っ! まあ、あなたは――!」
簀に棒立ちになり、扇で顔を隠すという最低限の礼儀すら忘れて、方子はまるで引きつけでも起こしたような声をあげた。
「く、蔵人少将……!!」
明衡を指さしたきり、続く言葉が出てこない。陸にあげられた魚みたいに、口をぱくぱくさせるばかりだ。
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