袖香る少将 一

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 こういう言葉の遊びはとても楽しい。たとえそれが誰かの代理であっても。  こちらが仕掛けた謎に相手がすぐに気づき、打てば響くように返事を返してきた時など、つい、他人の手紙の代作をしているだけなのだということも忘れそうになる。  楓子は、峯子が用意した薄様にさらさらと和歌を書き付けた。    数ならぬ身をば思はめ 白露の      散りたる先を たれか知るらむ  ――わたしなどあなたにとってはその他大勢のひとりでしょう。秋の露がそこら中に散っているように、あなたの涙もどこの女人のためのものやら、誰にわかるでしょう――  軽々しい誘いかけにちょっと傷ついて、拗ねているような可愛い女を演出してみたつもりだ。わたしを口説くならもっと本気になって、というほのめかしを、中将本人には無理でも、おそばに仕える女房か誰かが酌み取ってくれたらと思う。 「ふん……。まあまあね」  楓子が詠んだ和歌を眺め、峯子は言った。だがその表情はかなり満足げだ。 「別にわたしが詠んでも良かったんだけど、ほら、向こうもどうせ誰かの代作じゃない。だったらこっちも、あんたの代作程度でちょうど良いのよ」 「ええ、そうでしょうね」  楓子は顔もあげなかった。
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