袖香る少将 四

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 おだやかに、楓子の心にそっと忍び入るかのような声。 「え……」  ……今、この方はわたしを何とお呼びになったの?  楓子はわずかに顔をあげた。  その目の前に、明衡の手が差し伸べられる。おつかまりください、というように。  思わずその手に、自分の手を重ねる。  すると明衡の力強い腕が優しく楓子の身体を支え、起こした。 「二の姫。あなたは、このお方の父君がどなただかわからないとおっしゃったが、それはあなた方権大納言家の方々がご存知ないというだけのこと。私は、この方のお父君の御名(おんな)を存じ上げております」  明衡の腕が楓子を抱き寄せた。まるですべての苦しみや哀しみから楓子を守るように。 「お、お父君? 御名?」  峯子は驚愕の表情で、明衡の言葉を意味もなく繰り返した。  蔵人少将がこれほどの敬称で言い表すなど、よほどの相手に限られるのだ。  楓子も声をなくしたまま、明衡の腕の中で彼の顔を見上げるしかなかった。
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