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おだやかに、楓子の心にそっと忍び入るかのような声。
「え……」
……今、この方はわたしを何とお呼びになったの?
楓子はわずかに顔をあげた。
その目の前に、明衡の手が差し伸べられる。おつかまりください、というように。
思わずその手に、自分の手を重ねる。
すると明衡の力強い腕が優しく楓子の身体を支え、起こした。
「二の姫。あなたは、このお方の父君がどなただかわからないとおっしゃったが、それはあなた方権大納言家の方々がご存知ないというだけのこと。私は、この方のお父君の御名(おんな)を存じ上げております」
明衡の腕が楓子を抱き寄せた。まるですべての苦しみや哀しみから楓子を守るように。
「お、お父君? 御名?」
峯子は驚愕の表情で、明衡の言葉を意味もなく繰り返した。
蔵人少将がこれほどの敬称で言い表すなど、よほどの相手に限られるのだ。
楓子も声をなくしたまま、明衡の腕の中で彼の顔を見上げるしかなかった。
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