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――彼女は白く繊細で、吹けば飛んでしまうような、そんな存在――
叔父の古書店。古い町中の、これまた年季の入った民家を買い取って改装したこのボロっちい古書店に、僕は学校が終わるとしばしば立ち寄る。叔父は生来の自由人気質で、望んで古書店を立ち上げたくせに店舗には滅多に人が来ないから店番はつまらない、はずんでやるからちょっと代われと言う。一方の僕は、静かな空間と入れ放題のコーヒーを独り占めできて、しかも駄賃までもらえるなんて願ってもない幸運だ。両者の利害は一致しているのである。
僕はいつも通り店舗奥にある一段高まった2畳ほどの座敷に荷物を置き、木製のカウンタへ課題を広げる。この店に合うレトロなレジスタのせいで少し窮屈ではあるものの、ノートと参考書くらいを広げるにはなんの支障もない。そこからつながる廊下を抜けると、叔父の住居兼事務所である。
「おーう、来たか。今日もよろしくな」
「ッス。あれ、今日は居るんですね、珍しいな」
「おいおい、それじゃいつも居ないみたいじゃねぇかよ。失敬だぞ」
実際いないじゃん、と心でツッコミを入れつつコーヒーを入れにかかる。実際叔父はよく居ない。厳密には僕が交代に来る前に、どこかへフラフラと出かけてしまうのだ。
「出かけるんなら戸締まりくらいし てくださいよね。はらはらするのはこっちなんだから」
「そんな高価な物置いてないし、こんな田舎で古本盗んでくやつなんていねぇよ。だいじょぶだいじょぶ」
「田舎ったって一応地方都市ですからね…?ホントに大丈夫かな」
「まぁ今日もちょっと出てくるから、後のことよろしくな」
ッス、と返事をしつつコーヒーをマグへ注ぐ。僕のお気に入りは砂糖たっぷりミルク少なめのブレンドだ。苦みもなくコーヒーの薫りを堪能できる…と思う。
「ちょっと冷えますね」
「まぁ雨だからなぁ」
そうだ、雨だ。足の古傷が痛むのはもう慣れた。
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