1106人が本棚に入れています
本棚に追加
これがドラマなら泣きながら無言で走り去って、自分を想ってくれる第三の男性に泣きついたりするのかもしれない。
だけど、残念ながら現実にはそんな人もいなければ、私は走り去るという選択肢さえも持ち合わせていなくて……ただ、阿呆みたいにその場に立ち尽くしていた。
慌てて芳樹の下から這い出てきて、服をかき集めて無言で立ち去ったのは、髪の長い綺麗な女性の方だった。
部屋に残された私と芳樹の間には緊迫した空気が流れただけで、2人とも身動き一つ出来ず、ベッドの上で振り向いた状態の芳樹と部屋のドアの前に立ち尽くしている私とが、お互いに驚いた表情のまま……ただ見つめ合っていた。
「美鈴……」
私の名前を呟いた途端、芳樹の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
そして、そのままただ泣き崩れていった。
どうして、この人は泣いているのだろうか……?
私の思考は回っていなかった。
ピンと張ったシーツが気持ちいいね、と芳樹が言うから、毎日ベッドメイクはしっかりとしていた。
だけど今、肌触りのいい桜色のシーツが乱れている。そして、そのシーツを強く握りながら芳樹が涙を流している。
微かな汗の匂いと甘いローズの香水の残り香が私に知らせる。
私は職だけではなく、運命の人も失ったのだと…………。
最初のコメントを投稿しよう!