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思えば、私は昔から男運が無かった。23年間で彼氏の数はそれほどいなかったけど、付き合った人には浮気されることが多い。
「だから、散々兄ちゃんが言ったろ。あいつはダメだって」
百貨店の1階にあるカフェで、私を溺愛する兄の紘一はご機嫌に笑っている。交通量が多い道路とビルしか見えないようなガラス張りの席で、私たち兄妹は向き合いながら全く逆方向の心を向いているのだとわかる。
兄のその表情は、結婚直前で恋人に裏切られた妹に対するものとは思えないくらい、嬉しそうに頬を緩ませていたのだ。
芳樹は真面目で一途だと思っていた。確か兄がダメだと言っていたのは、高卒の芳樹がまだ見習いの板前で収入が多くは無いからだったはずだ。
だけど、2人で働けば人並みの生活は出来る予定だった。でも、私は失業して芳樹まで失った。
私たち兄妹は小さな島で生まれ育ち、兄は高校から上京している。
私が中学生の頃に両親が本土で交通事故に遭い他界して、そのまま親戚の家で中学を卒業した。
高校からは上京して大学生の兄と一緒に暮らし始めた。だけど、私を溺愛する兄は彼女よりも私を優先して、私に好きな人が出来ると自分が気にいらない人は反対し続けた。
はじめは芳樹との結婚も猛反対されたけど、数か月前に認められた時には驚いた。
それでも、ようやく認められてもこの始末じゃ……兄を心配させても無理が無いのかもしれない。
「……大丈夫か? 美鈴。ここに来てから一言も発していないぞ」
兄の声で我に返った。「大丈夫」と言ったけれど声が掠れて、兄は余計に心配そうな顔をした。
「今日は兄ちゃんの家に帰れよ。兄ちゃんはこれから営業に出なきゃいけないんだけど、美鈴は買い物でもして行けよ。気分転換にさ」
兄は明るく笑うと私の手の中にスペアキーと1万円札を握らせて、伝票を持って立ち上がった。
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