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「落ち着け、美鈴。兄ちゃんの声、聞こえているよな? 今、どこにいるんだ?」
猫なで声になって、兄がゆっくりと言い聞かせるように言う。
「ち、違うよ、お兄ちゃん。誤解しないで。あ、あのね、なんだか自分がいらない人間なのかなって……」
ああ、私のバカ! そんなことを口走ったら、余計に心配させちゃうじゃない……。
思わず口を噤んだけど、かなり狼狽している兄の声が届く。
「いいか、美鈴。兄ちゃん、すぐにそっちに行くからな。どこにいるか教えるんだ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。今ね、さっきの……風ノ町の百貨店の屋上にいて……」
「屋上!?」
ダメだ、何を言っても誤解を与えてしまう……。
「に、兄ちゃん、30分あればそっちに行ける。ぐあ~! 車が混んでいるから40分はかかる!!」
「お兄ちゃん、来なくていいよ。大丈夫だから」
電話の向こうで半ばパニック状態な兄に必死で話しかけるけど、「いいな、兄ちゃんが行くまでそこを動くな!」と言われて切られてしまった。
兄は一流企業に就職して、若手のホープとして注目されているらしいことは、兄の同僚から何度か聞いたことがある。
仕事のことはよく分からないけど、会議だ企画だ何だと忙しくてオフィスに夜中まで居ることもあれば、得意先へ出向いて商談だのなんだので、オフィスにほぼいない日もあるらしい。
そんな多忙な兄に仕事を放り投げさせるわけにはいかないと思い、私は何度も携帯に折り返した。けれど、兄は運転中なのか電源が切れたのか携帯が通じなかった。
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