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エプロンを着けると、キッチンへ向かった。
冷蔵庫にあった適当な野菜を切りながら、結婚したらこんな生活を送るのだろうか、などと在りもしない未来について妄想してみた。だが、起こりえる未来を想像するのはただの予言だ。妄想とは、如何にして現実には起こりえない事を想像出来るか、に価値があるのだと私は思う。
私はそれを辞めたくないし、辞める理由もないけれど、どうしてもこの虚しさからは逃げだせそうにないので、今日の野菜炒めには玉ねぎが多くなってしまう。
「……ねぇ」
私の啜り泣きは玉ねぎのせいなのだけれど、どうしてかしら、あまりにも部屋の雰囲気はそうは言わせて貰えない。
「危ないわ、もう少し待ってて頂戴」
セーラー服にエプロン姿の私は、貴女にはどう見えているのだろうか。
甘えるように、背に鼻を擦り付ける貴女の顔は、今相対してもまともには見る事が出来ない。
だから、私はただただ玉ねぎを切り続ける。
「ちょっとやってみたくなっただけ。ほら、よくあるじゃんこういうの」
「……そうねぇ」
あぁ、玉ねぎってこんなにも涙が出るものだったか。
「寂しいね」
「そうかしら」
「寂しいよ」
「……そうかしら」
あぁ、もう酷い。
その顔は私が一番好きな貴女の顔だと知っているのに、それ以上に今の私は酷い顔をしているのだろう。
私は包丁を置くか、数瞬迷ってから置いた。
やはり、もう食事どころではないな。
「私は、ちゃんとここにいるのに」
「でも、やっぱり寂しいなぁ」
「……ごめんね」
「謝らないでよ、余計に……さ」
背中が冷たい。
私は貴女に振り向かないし、貴女は私を振り向かせない。
私達はずっと、このままなのだろうな。
「泣かないでよ」
「泣いてないわ」
「嘘つき」
「嘘じゃないわ」
少しだけ、空白が挟まれた。
迷った訳ではないのだろう。
空白まで含めてこそだから。
「……してよ」
「……今はダメよ。デザートだって、言ったでしょう」
「私はメインにはなれないの」
答えに迷う。
この世には吐いて良い嘘と、悪い嘘があると私は知っている。
でも、嘘も方便、だなんて言葉もあるから、今出せる精一杯の明るい声で
「……ベッドへどうぞ」
なんて言ってしまった事をいつか必ず後悔するのだろうな。
少しだけの意地悪が、こんなにも本気になってしまうから。
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