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と、そんなやり取りをしたのを、よく覚えている。
今、私の前で笑う貴女が着けているそれは、丁度午後三時を示していた。
あの日渡したそれは、午前零時から始まっていて、渡してから十五時間が経過している事が目に見えてわかる。
しかし、貴女はその時計の意味にまだ気がついていないし、おそらくこれからも気がつかない。
時計の形をしたそれは、飾りではないし、時計としての意味を、そもそも最初から持ち合わせてなどいない。
何故ならばそれは、着けていないと動かないから。
脈を検知し、着けているその時間を計測する。
そう、それは言うならば「束縛した時間だけを数える」拘束具なのだ。
しかも、それを首に着けるだなんて、考えた人は実に素晴らしい感性を持っていると言える。
その時計は誰かに贈る事を前提に作られ、贈られた相手からでは着けている間、見ることは出来ないのだから。
こんなにも、独占欲を形にした物は中々無いだろう。
私だけが見える、貴女を私に縛り付けた時間だ。
私達は、その針が何周するまで一緒に居られるのだろうか。
或いは、その針が止まっている時間と動いている時間、どちらを選ぶのだろうか。
その結末は知る由もないが、少なくとも今在る現実は正しく時間を刻んで居る。そこに虚妄は無い。だから、私はこの目に見える現在だけを信じよう。
目に見えない未来に怯えるよりは、ずっとずっと、幸せだろうから。
「そんなに気になる?これ」
首のそれを撫でる仕草は毛繕いをする猫を彷彿とさせた。
「えぇ、気に入ってるもの。良い買い物をしたわ」
「自分のも買えば良かったのに。そしたらお揃いだよ」
「ダメよ、それでは意味が無いのよ」
「そうなの?」
「えぇ、そう。同じ時間を、同じだけ刻んだって意味が無いもの」
「わかんないけど、君がそう言うなら、そうなのかなぁ」
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