凍らない

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一際冷たい風が吹いた。 「うぅ……ざぶいぃ……」 身を縮ませながら、赤い鼻をこする。 「そうね、雪が降ってもおかしくないくらいね」 「雪かぁ、いいね。ロマンチック」 「雪、ね。……ねぇ、雪はどちらの記憶を持っているのかしらね」 「……うぅん、今日の君は難しい事ばっかり言うね」 「センチメンタルな気分になるの、海を見ると」 「……もっと近くに来て」 そう言いつつ擦り寄る貴女は言葉と行動がちぐはぐだ。 これ以上近づく事なんて出来ないのに、遠過ぎるその距離はどうしたって覆らないのに。 この想いが伝わっている事はわかっているし、貴女のその想いも私に伝わっている。 だから私も頬を寄せ、お互いの体温を別の意味で上げようと試みる。 互いの白い吐息が混ざってどちらのものかわからない。 それほどまでには、寒かったから。なんて言い訳を使うには都合が良すぎる季節だ。 「私は、海になれているかな」 頬を擦り合わせながら猫の様に鳴く貴女は曖昧な言葉を吐いた。 私の喋り方にほど近く、やっぱりそうして寄ってくるのは貴女の方。 「……そうね、どちらかと言えば、貴女は貝殻かしらね」 「……難しいよ」 「ついつい拾って持ち帰りたくなってしまうところがそっくり」 「いいよ、持って帰っても」 「ふふふ、そうね、海の底までついて来てもらっていいかしら」 「それでも、いいよ」 曖昧なやり取りを続けるのは、本物が怖いから。 どうしたって本物にはなれないのに、この想いだけは本物だと信じていたい。 簡単に本物の言葉を使ってしまったら、本物の嘘になってしまう様な気がするのだ。 しかし、こんなに寒くても海は凍らない。 それはきっと、海が私は私でいようと信じているからだ。こんな程度の温度では私は変わらないと強い意志があるからだ。 他の何者にもならないと強く自身を信じているから、凍らないのだ。 だから、ね。 「海は私よ」 「……そっか」 「だから、ね」 少しだけ、言葉にするか迷うのは、怖いからではなく、恥ずかしいからでもなく、この想いを言葉にするのは勿体無い、だなんて想ったから。 「……もっと私で溺れて」 「……もう、息なんて出来ないよ」 あぁ、ダメだ。 もういいや、ならば本当にその息は止めて頂こう。 この唇で。
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