凍らない

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私達の住む街は、海よりほど近い場所にあり、夏はプールで塩素の匂いを嗅ぐよりも、海の潮風を浴びる方が多い程に、海とは身近なものだ。 しかし、私は夏の海を見に行くことも、遊びに行くことも殆どしない。 観光客が犇めき合い、風情なんてあったものではないし、何よりも、彼らの大多数は海そのものが目的ではなく遊べる場所と雰囲気と時期さえ合えばどこでもいいのだ。 そんな海を見ると「あぁ、都合良く遊ばれているわね」と可哀想に思えて、そんな貴女を見ていたくないと目を逸らしてしまう。 だから、私はこんな真冬の寒空の下で見る海こそが、本物だと思うのだ。 「海、好きだよね」 石畳の階段に腰掛け、寄り添う貴女は私の肩に頭を乗せる。 繋がれた私の右手と、貴女の左手に手袋をはめていないのは、少しでもいい、この距離を縮めたいと言う想いなのだろう。 こんなにも寒いのに、この手だけはこんなにも熱い。 「えぇ、好きよ。本当なら、此処に住み着いてしまいたいくらいには」 「こんなに寒いのによく言えるなぁ」 「水は冷たければ冷たいほど、本物なのよ」 「……うーん、ごめん。私にはわかんないな」 「ごめんなさい、自分でも何を言ってるのかよくわからないわ……」 「何それ……」 「思春期なの、許して」 「そう言うところ、好きだけどね」 「ふふ、ありがとう」 水は、冷たいほどに本物だ。 氷になる直前程の冷たさ。 触れると痺れ、浸かると縛られる様なあの感覚が堪らない。 いや、触れたことはあっても、浸かったことは無いのだが、きっとそんな感覚なのだろう。まだ妄想の域を出ないが。 しかし、果たして水は、氷と言う全く別の物になるその瞬間まで、自分の事を水だと信じて居られるのだろうか。 氷になったその後も、水であった事を忘れずにいられるのだろうか。
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