月の海

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「はじめまして、みなさん。僕は、月からやってきました」  教室は、しん、と静まりかえった。  先ほどまで向けられていた好奇の視線から、奇異なものをみるようなそんな視線が、転校生だと紹介された彼に向けられる。  教室中が妙な雰囲気になっているのにもかかわらず、月からやってきたという転校生は、どこか自慢げで俺は思わず吹き出し、笑ってしまった。  俺の笑い声を筆頭に、クラスメイトは転校生に再び好奇の視線を向けては手をあげはじめる。 「どうやって、月からきたの」  それは、からかいを含んだ質問だった。クスクスと、笑うクラスメイトに転校生は、質問をされて嬉しいのか口角をあげながら答えた。 「船に乗ってきました」 「ふねに?水もないのにどうやって」 「月の海から宇宙の海を渡って、地球の海までたどり着きました」  転校生が指をさしたその先には、青い大きな空が広がっていた。数秒間、時計の針が時を刻む音が聞こえたかと思うと次の瞬間には大きな笑い声で針の音は聞こえなくなっていた。 「海じゃねぇよ、指差してるの海じゃねぇ」  男子生徒が、お腹を抱えながら転校生にそう指摘すると転校生は、まんまる大きな瞳をさらに丸くさせ、何度も瞬きをしてみせる。 「地球の海は青いと聞きました。あれは、地球の海ではないのですか?」  たしかに、海は青い。  けれど海は、空の青さとはまた少し違う色をしている。 「違うよ、地球の海はもっと濃い青色で大きくて、しょっぱいんだよ」 「そうなのですね……」  しょんぼり、と落ち込む転校生に「重症だよ」と誰かが言った。笑いがたえないなか、俺は静かに手をあげる。 「なんで、お前は地球にきたんだ?」  ぴたり、と笑い声はおさまりクラス中が転校生に視線をむけた。一斉に向けられた視線におびえたのか、転校生はきゅっと胸の前で祈るように手を握ると真剣な面持ちでこう言った。 「地球の海を見にきました」
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