紅屋のフジコちゃん Act.5

16/22
前へ
/153ページ
次へ
「桐生さんって、もしかして、その二つ名が嫌で、所長のことも頑なに二つ名で呼ばないんですか」 「あのな、フジコちゃん」 「はい」 「世の中には勘付いても黙ってた方がえぇこともあるんやで?」  その言い様にあたしは思わず笑って、それからエンターキーを押した。分からないことはいくつでもある。でも、少しだけ分かったこともある。  被疑者は確保。子どもは保護。「わざわざそこまで記入せんでえぇから」と見かねられて文面からは削除したあたしの失態も含めて、これが今日の任務の成果だ。  反省はもちろん大事だけれど、悪感情を引きずり続けることとは違う。感情だけではなく、何故そうなったのかを振り返り、ではどうすれば良かったのかと再考する。まだ、少し難しいけれど、それでも、やっていかなければならない。  そして、一つずつしっかりと次に活かしていきたい。「鬼狩り」の一員として。幸い、活かしていくことを許されているのだから。 「桐生さん」 「ん? なに?」 「あのとき、所長が言っていたことが、少しだけ分かったような気がします」 「うん?」 「憧れだけで、きれいごとだけで続けられるものじゃないってことですよね」  今なら分かる。もう嫌になった? と。桐生さんがあの場面であえて聞いてくれたことも、きっと同じ理由だったのだろう、と。 「うん。まぁね。僕らは、キラキラした瞳でライセンスを取得した新人が、夢破れて崩れていく姿を何人も見てる。特に、フジコちゃんみたいなお家の子やとね」  どこか苦笑めいた調子で、桐生さんが言う。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

125人が本棚に入れています
本棚に追加