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「あれ。所長?」
帰り支度を整えて、事務所を出る。廊下にいたのは先に出ていたはずの桐生さんではなくて、いつぞやの高校生のような姿の所長だった。
もしかして、桐生さん。余計極まりない気を回したのではないだろうな、と。疑惑を抱いていると、所長が口を開いた。
「代わった。あいつ、右足やられてたからな」
「え……?」
「おまえが気にすることじゃない。あいつのミスだ」
「で、でも」
「仮におまえに原因があったとしても、おまえの教育係はあいつだ。おまえが犯したミスも含めて、責任はあいつだ」
そう言われてしまえば、あたしには返す言葉がない。
と言うか、全然、そんな風に見えなかったのに。所長は「仮に」と言ってくれたけれど、間違いなく原因はあたしだ。思い当たる節が多すぎて黙り込んだあたしに、所長が溜息交じりに付け足してくれた。
「本当にたいしたことはない。医局に叩き込むのに苦労したくらいだ。おまえが次に出てくるころには治ってる」
「……だったら良いんですけど」
「だから気にするな」
はい、とは言いにくかったけれど、これも一つの教訓とすることにして、あたしは頷いた。
だから所長、現場にやってきた瞬間に、「この馬鹿」呼ばわりしたのかなぁ、とも疑いながら。
「そもそもとして、おまえたち二人になにかあれば、責任は俺にある。そう言う意味では、あいつの怪我は俺の責任だな」
「所長」だもんなぁ、と思って、ふと桐生さんの先ほどの台詞を思い出した。紅屋を大事にしているって、つまり、こう言うことでもあるのだろうなぁ、と。
「あいつは嫌がるだろうが」
「確かに。嫌がりそうですね」
「嫌がっていれば良いんだ。次からしないようになるだろう。あいつは昔から無駄に年上風を吹かせたがる」
所長がそんな風にあたしに桐生さんのことを話すのは初めてで、もしかして、あたしの存在を少しは認めてくれたのかもしれないなと思えた。
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