紅屋のフジコちゃん Act.5

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 だから「そうなんですね」と、応じるに留める。桐生さんの言っていた紅屋の先代。所長の叔父だと言う人が所長を育て上げたのだとしたら、それは十分に所長が紅屋を大切に思う理由になると思う。  ……どんな人なのだろう、と。自然とあたしは想像を張り巡らしていた。後を譲ったと言うことは、もう現役を引退されているのかもしれないけれど。いつか逢えたら良いな。  そんなことを考えていると、ふいに所長の口から懐かしい名前が飛び出した。 「佐原恭子が言っていた」 「え? 恭子先生が?」 「同期なんだ。俺の。と言っても、あっちの方がいくつも年は上だがな」  同期と言うのは、きっとライセンス取得時なのだろうと理解した。所長は育成校出身ではない。けれど、ライセンス取得が同期であれば、研修などで顔を合わすこともあったのだろう。 「昔からまぁ、良いヤツではあったが、あまり『鬼狩り』には向いていなかったな。あいつは優しすぎるきらいがある」 「……」 「だから、早々に現役に見切りを付けて、育成校の教師になると聞いた時は、似合っていると思った」  その言葉に恭子先生が教壇に立っていた姿を思い出した。恭子先生は、厳しいけれど、優しい先生だった。あたしたち生徒に親身になって向き合ってくれる、素敵な先生。 「あいつは、俺と違って人を育てるのに向いている」  どこか自嘲じみたそれに、あたしは思わず首を傾げてしまった。そんなこと、ないですよ。あたしが言う台詞を分かっていたかのように遮って、所長が言葉を続けた。
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