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「その佐原がな、……まぁ、これは偶然だったんだが、おまえの指導教官だっただろう。俺がおまえを採りたいと言った時に、わざわざ電話を寄こしてきた」
「え……?」
「おまえの二つ名は、おまえの新しい門出への花向けだったと」
あなたに幸運があるように祈っているわ、と微笑んだ恭子先生の顔が脳裏に浮かんだ。
「あまりにインパクトがあったから目に付いたと桐生も言っていただろう、そういうことだ」
所長のぶっきらぼうな声に、恭子先生の優しい声が重なって響く。
少しでも多くの人の目に留まりますように。記憶に留まりますように。誰にでも愛してもらえますように。
たくさんの人に出逢って、最愛の人を見つける間口が広がりますように。
あなたの人生に、たくさんの幸運が舞い降りますように。
「恭子……先生……」
「あいつがおまえの教師で良かったな」
「あたし、この二つ名で良かったです」
「そうか」
「本当に、良かったです」
「泣くなよ」
「っ、泣いてません」
そうは言ったけれど、あたしの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていて。困惑した顔であたしを見下ろしている所長には申し訳なかったけれど、なかなか止まりそうになかった。
おもむろに所長の手が持ち上がって、ぽんぽんとあたしの頭を撫ぜた。桐生さんのように慣れていない、ぎこちない動き。
力をどれだけ抜けば良いのか測りかねているようなそれが、けれど、たまらなく優しくて、気が付けば、あたしの涙はますます止まらなくなってしまっていた。
恭子先生。
お父さん、お母さん、瑛人。
桐生さん。――そして、所長。
あたしは紅屋に配属されて良かった。本当に、本当に、良かった。
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