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――なぁ、フジコちゃん。
パソコンを閉じた後、部屋を出る前。桐生さんはそう言って笑った。
この一ヵ月をここで過ごして、多少は僕らのことが分かったと思うんやけど、と。
どこか悪戯に。
――あの蒼くんが、二つ名が面白いからって言う理由だけで、フジコちゃんを選んだと、本当に思う?
十年前。所長はもう鬼狩りのライセンスを取得していた。あの声と真摯な態度をあたしは忘れたことはなかった。
「あの、所長」
涙をぬぐって、あたしは顔を上げる。
「ありがとうございました」
今度こそ怪訝な顔を所長はしたけれど。お構いなしにあたしはもう一度繰り返した。
「今夜の礼なら、俺より桐生に言うべきだと思うが」
「もちろん、桐生さんにも言いました。でも、所長にも言いたかったんです」
何を、とは言わずに笑う。「そうか」と所長は素っ気なく言っただけだったけれど、それで十分だった。
赤と青の世界にあたしは立っている。希望と恐怖と、様々な感情の上に成り立つ世界に。この人たちと同じところに立てていることが、幸せだと思った。
外はきっと、幾銭もの星がきらめいている。
【完】
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