紅屋のフジコちゃん Act.0

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 [1]  あぁ、緊張する。  案内された応接スペースで、二人掛けソファの端っこに直立不動の姿勢で腰かけたまま、あたしは生唾をごくりと呑み込んだ。一人きりの空間に、いやにその音が大きく響いた気がして肩を縮こませる。  ――駄目だ、緊張する。心臓が爆発する。と言うか、止まる。所長に挨拶するよりも先に死んじゃいそう。  バクバクの心臓を抱えたまま、皺になりかけていたスカートの裾を指先で伸ばす。スカートの上に揃えて置いていたはずのあたしの指先は、緊張のあまり、いつの間にか布地を巻き込んで拳状に握り込まれていた。  ――無事に研修生になったお祝いに買ったんだから。大事にしないと。  グレーのリクルートスーツは、着慣れていない所為か、なんだか胸が息苦しい。足元には同じく新品のリクルートバックに、愛用のクロスボウを収納するT字型リュック。昨晩、寮の玄関でひたすら磨いたローファーは、その甲斐あって新品と言って差し支えない見栄えに進化した。  国立特殊防衛官育成高等専門学校を卒業した翌日、美容院で整え直したボブカットも、朝、鏡でチェックした時は、見苦しくはなっていなかった……はず。  せめて見た目だけでも、配属初日の研修生として失礼のない仕上がりになっていると信じたい。  ――だって、どう考えても、場違いな事務所なんだもん、あたしには。  なんであたしの配属先が「ここ」になったのだろう、と。何度目になるのか分からない自問を胸中で繰り広げながら、あたしはそっと視線を室内に這わせた。あたしの座っている二人掛けソファの前にはローテーブルが有り、それを挟んで向かい側には一人掛けソファが二脚。その後ろには、あたしが十分ほど前、緊張のあまり倒れそうになりながら叩いたドアがある。パーテーションを挟んで隣の空間は、職場になっているらしく、誰かの話し声が途切れ途切れにずっと響いていた。  誰か、と言うか、所長なんだろうけれど。それにしても、一体、どんな人なんだろう……。  視線をまた膝元に戻して、あたしはこっそりと息を吐いた。
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