紅屋のフジコちゃん Act.0

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 ――何かの間違いじゃないでしょうか、と思わず確認したあたしに、恭子先生は間違いじゃないから安心なさいって言ってくれたけど。なんと言うか、何も安心できない……。  考えれば考えるほど、胃が痛い。パーテンション越しに聞こえてくる小さかったはずの声が、徐々にヒートアップしている現状も、よりあたしの胃痛を激しくさせていた。怖い。どうしよう、会ってもいないのに、既にして所長が怖い。  お父さん、お母さん、それから瑛人。今日も仲良く笑っていますか。  たまらず、頭の中の家族にあたしは手紙調で話しかけた。無論、心の中で、だけど。緊張をほぐすためのあたしなりのプロセスだ。お父さんとお母さんの優しい顏とあどけない弟の笑顔を思い浮かべると、心が凪いでいくような気分になる。  お姉ちゃんは、鬼狩り育成学校の第三十期生五十七名の一人として無事に卒業することができました。成績はちょっとギリギリだったかもしれませんが、鬼狩りの家系でもなんでもないあたしが入学できたことがまず奇跡と言われた学校です。ぜひ、褒めてやってくださいね。  と言っても、育成校を卒業したばかりのあたしたちはまだプロの鬼狩りではありません。……正式名称は「鬼狩り」ではなく、「特殊防衛官」なのですが、世間一般には通称が浸透していると思うので、「鬼狩り」とあたしも呼称します。  そんな注釈はさておき、あたしたち研修生はこれから配属先で一年間の実践訓練を積むことになります。そして翌年の国家試験に臨み、合格すれば晴れて鬼狩りのライセンスを取得できる、と言う流れになるのですが……。何の因果か、あたしの配属先は、あたしには恐れ多いエリート事務所なのです。  それと言うのも、――。 「ごめんなぁ、フジコちゃん。お待たせして」  音もなく開いたドアから顔を出した男の人に、あたしは黙考から覚めて、文字通り飛び上がった。
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