紅屋のフジコちゃん Act.0

5/28
前へ
/153ページ
次へ
「と、とんでもないです! あ、えーと、あの。本日からお世話になります、藤子奈々です! ……すみません、間違えました! 国立特殊防衛官育成高等専門学校第三十期生、ラッキー☆フジコです!」  鬼狩りとは、本名ではなく二つ名で活動する職業である。学校で幾度となく教えられていたことを思い出して、言い直す。  九十度直角にお辞儀したままのあたしには見えなかったが、だが、分かる。間違いなくあたしの二つ名を聞いて、笑いを堪えていらっしゃるだろうことが。  卒業時に訓練生として登録される二つ名を貰って、早一月。今まであたしの二つ名を聞いて、笑わなかった人間はほぼ皆無。 「えぇよ、えぇよ。藤子奈々ちゃんの方で。僕、二つ名で仕事するの、儀礼的であんまり好きとちゃうし。どうせ、現場でも僕は二つ名で呼ばんから」  嘲笑を含まない朗らかで優しい声にあたしは感動した。あたしの同期の男たちときたら、「おい、ラッキー」と小馬鹿にした呼び方しかしなかったのに。優秀な鬼狩りは、人間性からして違うものなのだ。 「よ、よろしくお願い致します!」  感動のあまり挨拶を繰り返したあたしに、その人は、「はい、よろしくお願いします」と小学校の先生のように応じて、着座を勧めてくれた。断りを入れてソファに腰を下ろし、そこでようやく、あたしは落ち着いて正面から顔を見た。 「ごめんなぁ、ウチの所長の手がなかなか空かんで」  人好きのする整った顔に、華やかな笑みが浮かぶ。事務所の経歴からあたしが勝手に想像していたよりも若い。まだ二十代かもしれない。そして何より優しそうな雰囲気に、あたしは少なからずほっとした。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

125人が本棚に入れています
本棚に追加