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と、こういうわけで。少年は息巻いて真新しいシャープペンシルで入部届けに自分の名前を書き連ねた次第である。
渡り廊下を抜け、右に曲がればすぐに職員室だ。これを担任の渋谷教諭に提出すれば、この日からキラキラと輝く、スポーツドリンクのCMのような青春の日々が幕を上げる……!
ところが。
彼が右方向に角を曲がった瞬間、何かにドシンとぶつかった。その拍子に、入部届が手から滑り落ちる。下げた目線には、男子生徒の姿が。相手は廊下に落ちた入部届をつまんでいる。
「あ、ありがとうございます」
鼻を押さえながら礼を言いつつ顔を見上げれば、ぬう、っと塗り壁のように、ひとりの男子生徒が突っ立っていた。
165センチのこの少年にとっては、見上げなければならないほどの長身の生徒だ。やや癖のある焦げ茶色の短髪。その端正な瞳は、食い入るように入部届を見入っている。入部希望先にテニス部。そして自分の名前しか書いていないそのペラっとした紙を、何が面白いのか周囲を見向きもせずに眺めているのだ。
(な、なんだこいつ……)
ともすれば逃げ出したくなるような体を抑えこみ、「どれだけチキンなんだ僕は……」と自分に語りかける。
(ただの他人じゃないか。何こんなビビってるんだ僕は)
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