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この平凡極まりない名前を変えるのは、無理に等しい。だから、せめてもの悪あがきにと。高校生活くらいは楽しく過ごさせてくれ、と。一縷の望みを託して、彼はテニス部に入ろうとしたのである。
中学時代、指をくわえて見ているしかなかった、あの青春の日々の一員に、自分も加わるために。
それなのに。彼がお世辞にもたくましいとはいえないその胸に懐いた祈りは、神に届けられる前に、この目の前のよくわからない生徒に阻まれている。
今しがた叫声をあげたために荒く息をしている太郎の手首を、目の前の男子生徒は、ためらいなくむんずと掴んだ。
「さあ、行くぞ」
「!?」
太郎は驚愕して、自分の手首を掴んでいる太い手と、この男の存外整っている顔を交互に見る。
「ハッ!? 行くって、どこへですか!」
「部室だ」
やけにきっぱりとこの男は言うが、当然太郎には何がなんだか理解できない。
いや、先ほど「山田部」とこの男が言ったからには、その怪しげな「山田部」の部室ということはわかるのだが、そんな部がこの学校にあるなんて初耳だ。先刻配布された部活動の案内の、部一覧にそんなふざけた部活動は連なっていなかった。
「意味がわからないんですが!」
頭がまったくついていかない太郎を無視して、男子生徒はズルズルと引きずりだした。
「ちょ、ちょっとどこに連れて行く気ですか!」
「部室と言ってるだろうが」
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