深緑の夜に

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 珈琲汁粉は、白玉もうまかった。俺にとっては単なる白玉団子だったが、ぷるぷるしたものや、ぷにぷにしたものを好んで食ってたあの人はこれを「ごほうび」と呼んだ。 「ごほうび」はあの人の口癖だった。バーで飲む酒、湯気が立つ食いもん、肌ざわりのよいもの、美しい眺め、夕焼けと朝焼け、「東京の赤い夜」、そして、俺。白玉と並列ってどうよ? と思わなくもなかったが、俺はあの人を、ただ生きているだけで幸せにしていたのだ。  本当に、あの人は、俺といて、俺とあの時間を過ごして、幸せになれたのか?  初めてこの店にふたりで来て、珈琲を飲み、珈琲汁粉とプリンアラモードを食い、言葉を交わし、沈黙を楽しみ、閉店時間になって、店を出た。手の平に磁石がついているみたいに、自然に手を繋いだ。目と目で見つめあった。言葉にならない答え合わせをした。答えは合っていて、俺たちは手を繋いで歩いた。あの人の夫が待つ家に向かって。あの人と俺を隔てる、あの人が帰らなくてはならない家に向かって。
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