虫とあなたと

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僕らが未だにこの本だらけの部屋に居座っているのには、勿論それなりの理由がある。 「おい、まだいんのかよ」 不意に聞こえた声に振り返る。僕だけじゃなく、他のみんなも同じように振り返ったことだろう。声の主は若い女の子。女の子のくせに言葉遣いが…と思うけど黙っておこう。それに、どうせ僕らは喋ることなんて出来ない。 女の子は、この部屋の奥に向かって喋る。僕らがいる場所に向けて喋る。この子も懲りないよなぁ。 「出てけっつったろ。6年も前から言ってるだろ、出てけって!」 6年とはまた長い期間だ。僕らには短いけど、彼女はまだ17歳なので、彼女からしたらかなり長いだろう。 この子は更にまくし立てるように話した。 「6年前にこのあたしの部屋であんたらを見つけてからここまで、あたしが何回説得してもあんたらは出て行かなかったな。あんたらときたら、棚の上の本は落とすし勝手に本読むし、バタバタ動き回って埃は撒き散らすし、ほんと最悪。それに1人になりたくてもなれねえし、ゲームの邪魔はするし!あたしはあんたらにこんなに迷惑しているのに、一向にあんたらは出て行こうとしない!この部屋の何がいいんだよ?少し本がたくさんあるだけの、本屋の奥のちっぽけな部屋だよ。本屋のがいいだろ。何、あたしが本屋って呼ばれてる?ハッ、あんたらそれ、良いことだと思ってんの?からかわれてんだよ。本ばっかり読んで、本にしか興味のない、本の虫。本屋の娘のくせに国語も出来ないし。家には有名な本も一杯あるのに、マイナーで誰にも知られてないような本ばっかり読む変わり者。だから皆あたしを本屋って言うんだ、わかる?…わかんないか」 そこで女の子はようやく言葉を切って、ぽつりと言った。 「………だってあんたら死んでるもんね」 そう、僕らは、本の虫。 本についている、作者の魂。 誰にも知られずに消えていった物書きたちの姿。 「この部屋の何がいいんだよって…そんなのあたしが1番よく知ってるよな。あたししか、あんたらの本読まねえもん」 そりゃそうだ。僕らからしたら、この女の子は、やっと巡り合えた奇跡なのだ。自分が書いた本を読んでくれる、唯一なのだ。 女の子は僕らに向かって、最後に、ぽつりと漏らした。 「…やっぱ、好きなだけ居ればいいよ」 結局僕らは、この女の子のせいで、この部屋にずっと居座っているのだと思う。
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