CASE.3

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CASE.3

 目の前を、真黒な海がザザーンとそのベールを揺らしていた。  そのベールの下に思いを馳せる。暗く、深い水底は、私を楽にしてくれないか、と。見下ろす私のバッグの中では、携帯が着信を知らせるバイブ音を鳴らしていた。  ――… 「一先ず、薬で様子を見ていきましょう」  白い部屋、白いテーブルに、PCが一つ。テーブル越しに、仏頂面の先生がそう言った。病名を言ってくれない先生だった。  私は急に働けなくなってしまったのだ。身体が動かなくなり、睡眠障害が如実に表れて、人に対してたまに過剰な恐怖感を覚えるようになっていた。また、平衡感覚がなくなって、ときには目の前が真っ暗になって携帯電話さえ取れないときもあった。そうして、私は社員を辞めてほかのところでアルバイトを始めたのだった。  女は生理周期で体調を崩しがちになるものらしく、不定期ではあったが寒い時期の生理前半月ほど、たまにこういう症状が出ることがあった。それでも、休みがちにはなっても何とか仕事ができていた時期はまだ良かったのだが、ついに丸っと一ヶ月働けなくなった。  人と会うことに酷いストレスを感じて、元気なときにしか電話にも出られず、返信を要求するようなメッセージが来ただけで精神が崩壊しそうになることさえあった。  精神科にまた通院するようになったのは、仕事を休んで一週間が過ぎた頃だった。以前にも不眠症で通ったことはあったが、それはたまにの話だった。それまでは、家を出てたかだか数分の距離にある病院に行くことですら億劫だったからだ。  状態を先生に説明して最初に処方された薬は、家に帰ってから調べると統合失調症でよく処方される薬なのだと分かった。統合失調症。調べてみたけれど、自分が統合失調症には当てはまらないんじゃないかと思うような記事ばかりが目に入った。睡眠導入剤は以前にも処方してもらったことのあるものを出してもらって、ほんの少しだけ安心する。  ほとんど誰の声も聞かないような生活だった。なんとか食べる物の買い出しに出るくらいで、あとの時間をベッドの上で過ごしていた私は、随分と家族と連絡を取っていないことを父からの何度かの着信で気付かされていた。
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