CASE.3

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 家を出てから数年後から、事あるごとに理由を付けて実家に顔を出す日が年間を通して決まるようになっていた。その日が来たらそうしなければいけないと思うことが、私をさらに追い詰める。もう限界だった。  予定を組むこと。行動を決められること。それは迫る恐怖に耐える期間に変わっていく。どんなに楽しみな予定でさえそうなのだから、実家帰省なんてできるわけもない。  今月は、一周忌。  来月は、地元のお祭り。  再来月は、父の誕生日。  家族を休むことはできないのだろうか。仕事と同じように、家族も。  そんなこともきっと、父は理解もしてくれないだろう。だから、連絡を取ることもできないまま、過ごしてきたのだ。  私は初めて、親からの連絡を無視して実家に帰らない選択をしたのだった。  ――…  気付いたら、家からほど近い海に来ていた。  ここまでどうやってきたのだろう。小ぶりのバッグに財布と携帯だけが入っているようだったが、なぜこの二つをちゃんと持ったのかも記憶にはなかった。  ザザー、ザザー…  寄せては返す静かな波が、真っ暗な夜にささやかに響いていく。  黒く、暗い。天気も良くないようで、月も星も薄暗い雲に覆われていた。真っ暗。まるで今の私のようだ。  棒に振った六年間。  あれが一番のどん底だと思っていたのに、もっと下はいくらでもあるらしい。底なし沼に捉われた足も体も、もがけばもがくほど深く沈んでいくのだ。  今の私が、自殺未遂をした兄のように父の教育の賜物だとは思わない。私が選んで、失敗して、そうして積み上げてきたものだ。それでも、追い詰めた決定打はきっと。いや、もしかしたら人の顔色を窺う生き方を子供の頃に刷り込まれたせいで、私は弱くなってしまったのかもしれない。でも、もう今更だ。  だったらもう、沈んでしまおう。あの暗闇に。殺すよりも、死んだ方がずっといい。そう思っていた小学生の頃を思い出す。もう二十年以上も前のこと。 「人生を休もう」  そう零す声は、海鳴りに溶けていく。回らない頭が、ふらふらとただ前に足を踏み出そうとする私の意思だけを受け入れたようだった。
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