CASE.1

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 案の定、三十分以上私たち三人がマッサージを続けると、父からは規則正しい寝息らしきものが聞こえてきた。明日筋肉痛になろうと、手がどれだけ疲れようと、父が寝てくれることを思えばなんでもなかった。兄二人に目で合図して、私がそっと手を止めてみる。反応はなかった。よし。それをきっかけにして、二人もマッサージをやめて逃げるように自室に入っていった。私は、父に言われて母が作ったラーメンを台所に持っていった。 「寝た?」 「うん」 「また食べずに寝ちゃったな」  母のその声が、本当に起きて父に食べてほしいのだと思っているものなのだとしたら、頭がおかしいと思った。 「起きてられる方が迷惑だよ。さっき、リンゴが顔に飛んできたんだよ、ありえる?」  声はあくまで抑えたまま、けれど明らかな怒りを持って母にそう話す。見せると、赤くなってる、と母が悲しそうな顔で言った。  家族みんなを苦しめて、自分は起きたら酔ってしたことも忘れて笑っているんだろうと思ったら、すこしは収まったはずの怒りがまた沸々と湧いてきた。  いっそ…。  今まで数えきれないほど考えたことが頭を掠める。死ねばいいのに。口には出さない。けれど、父が酔って帰ってきた日の中で思わない日は一度だってなかった。私たちは召使でもなければ、ご機嫌取りでもない。  家族の中で、兄弟だけの時間でさえも、そんな話は上がったことがなかった。こんなことを考える私が異常なのだろうか。  それでも今日はまだましだったことに、胸を撫でおろす。リンゴが飛んできたのは狙ってやったことではなかったし、その後も機嫌を損ねることはなかった。だから、暴力もそれ一つで済んだ。もちろん、だからと言って許す気など毛頭ないけれど。父への殺意は私の中だけで静かに、けれど確かに降り積もっていた。
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