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CASE.1
夜の十時を回って、遠くから父の車の音がする。私たち兄弟は、父の車の音にひどく敏感なのだ。遠くからの小さなエンジン音でも、それが父のものだとすぐに分かる。
その音を聞いて、今の今までいたリビングから逃げるように、急いで子供部屋と呼ばれる私たち三人の自室に戻る。ほらもう、きっと来る。
ビッビビビッビ―、ビッビー
田舎とはいえ両隣に家だってあるというのに、父の車は軽快なリズムを刻んでクラクションを鳴らしていた。これは出て来いという合図だ。老人だらけの土地なのに。こんな時間にこんなことをする父は、近所どころか村中の有名人だった。
出ていきたくない気持ちと一瞬格闘して、私たち三人はそれでもすぐに部屋から出ていった。
玄関の扉を開けたのは、私。兄弟の中でも末っ子長女という立場の私が、一番父の扱いが上手いからだった。嫌な役回りだ。すると―…
ガッ!!
ひどい衝撃と鈍痛が左顔面、目のすぐ下に飛んできた。一瞬なにが起こったのか全く分からないまま顔を抑えると、真下にすぐに何かが落ちたのが分かる。それと同時に、父のドスの利いた声が響き渡った。
「遅ぇんだわっ」
その声に、またビクッと肩を震わせた。
「はいっ、ごめんなさい」
私たちは各々にそう口にした。
足元を見ると、リンゴが三つ入った袋が落ちていた。これが飛んで来たのか、そう理解した途端に恐怖を覚える。もう少し場所がずれていたら、私は失明していたかもしれない。やり場のない怒りも同時に込み上げて、私は右手を爪が皮膚に食い込んで皮がめくれてしまうほどに握り込んでいた。
リンゴを急いで拾って玄関に置くと、左手で顔を抑えたまま父のところへ行く。
「荷物下ろすの手伝え」
そう言う父の口からも車の中からも、濃いアルコールの臭いが漂っていた。私がこの世で一番嫌いな臭い。恐怖を与えてくる臭い。
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