おかえりなさい

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おかえりなさい

 その本屋さんは結構昔から建っていた気がする。  いつもなら早足で家に帰る足はその日どうも重苦しくて、少しうつむきがちな顔をふと上げれば、小さな古本屋さんが閑古鳥を迎え入れるようにひっそりと手招きをする。  薄暗い店内には客らしき人の姿は見えない。奥のカウンターで若い女性が1人、お店の人だろうか、「ごゆっくり」と透き通る声でそう言った。  本の数が、全体的に少ない。本棚には空きがちらほら見えて、隙間には埃がたまっているところもある。記憶を辿るとそういえば、この古本屋さん、自分が子供の頃からあったような気がする。  その頃は優しそうなおじいちゃんがカウンターの向こう側にいて。今はとても優しそうな女性になっている。お孫さん、だろうか? 「おすすめの本があるんですよ」  いつの間にか隣にいたその女性に少しどきっとする。カウンターの前に、と案内された小さな本棚には、ぽつんと一冊だけ本が置かれていて。 『物理基礎・真』  たまたま、物理が好きな自分にとってこれはとても嬉しい偶然。「大学生のお兄さんが売りに来たんですよ」と透き通る声。なるほど。そのお兄さんとは気が合いそうだ。  懐かしむようにぱらぱらと中を軽く読み通す。これと似たような参考書を、昔は持ってたけどなぁ。  ……暗くなる前に帰ろう。本を棚に戻して軽く挨拶すると、女性はやんわりと目を細めて微笑んだ。 「またどうぞ」
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