おかえりなさい

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 次の日。  何となく店内を覗き込むと、店主の女性と目が合った。といっても彼女は細目なもので、こちらが見えているのかいないのかは一瞬では分からなかったし、彼女がにっこりと微笑んで手に持っていたはたきを可愛らしく振ってくれなければきっとそのまま店の前を通り過ぎていただろう。  少し恥ずかしくなってわざと本を探すふりをする。見上げてみると、本の数は昨日よりさらに減っているようだった。「在庫整理をしてるんです」と、またもや突然隣に現れた彼女に驚きを隠しつつ、ぱたぱたと揺れるはたきから逃げるようにカウンターの前に移動する。 「みんなきっと大きな本屋さんの方が好きなんですね」  おすすめの本棚をそっと覗くと、昨日と同じように一冊だけ、それは手に取られるのを待つように少し紙の端をなびかせる。本と言うよりは雑誌、改めて見たそれは教科書の他なかった。 『高等物理Ⅰ・Ⅱ』  ああ、また物理だ。何年か前は自分も似たようなもので勉強していた、していたなぁ……。 「店の前に捨てて……いえ、落としたのをたまたま見たんです。男の子だったんですけど、追いかけようにもすぐに姿が見えなくなったので、返せなくて……」  少し黄ばんだその教科書を棚に戻すと、いつの間にか店主の女性はカウンターの向こう側にいた。  その子に何があったのかな。そんなことをうっすらと考えながら、その日は帰路に就いた。 「またどうぞ」
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