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First Mission
男は片手に持っていたヘルメットを頭に被ると、キュッと顎紐を締め、心で呟く。
ヘルメット、緩みねーな、ヨシ!
続いて羽織っていた作業着の袖を通すと、前開きのチャックを力一杯上げ、両方の袖口のボタンをパチリと止めた。
作業着、袖ボタン、止まってんな、ヨシ!
更に腰につけていた工具だらけの柱上安全帯の胴ベルトを強めに引っ張ると骨盤の辺りでバックルを締める。
そして、2丁のランヤードを器用にガチャガチャとロックを外し伸び縮めさせると、安全帯のフックを両方のD環にカチンと音を立てて固定した。
安全帯、胴綱、…問題ねーな、ヨシ!!
「武器は、ドライバーに、モンキー、後スパナ。…っと忘れちゃいけねー、電工ナイフ、っと。」
最後に男は声を出し、安全帯にセットしてある腰袋と工具入れに刺してある道具を再度確認し、再びセットしなおした。
「さーて、…行くか!」
男は声を上げ、気合いを入れると、左腕をグルグル回しながら、堅そうな安全靴で地面を蹴り前進し始める。
暫く見上げるような防壁の中をカツカツ音を立てて歩くと、開閉しそうな大きな鉄門扉の前まで来ると歩みを止める。
そして、胸ポケットから1枚の丈夫そうなカードを取り出し、門扉の横についているセキュリティ機器に差し込んだ。
ピッと機器が短く音を立てると、自動で機械アナウンスが流れ始める。
『第一ロックを解除します。id番号13-333-ss978。出雲儚さま。確認しました。』
機械音声の無機質な自動アナウンスが流れ、男の名前とID番号を通達する。
だが、出雲と呼ばれた男は、その声を無視するよう、スマホを取り出し無心で操作し続ける。
『ロックナンバーと、作業コードを入力して…』
「ほいっ、っと。」
『ロックナンバー、承認しました。』
出雲は機械音声が内容を伝える前に、聞かなくてもわかってると言わんばかりに、慣れた手つきでスマホでロックナンバーを打ち終える。
『本日の作業内容確認しました。エリアG3-29区、ハイブリッドの殲滅及び同地区の都市機能調査、修繕ですね?よろしければ…』
「それで、間違いねーよ。」
『承認しました。本日も安全作業を…』
「はいよ!今日も一日、ご安全に!!」
出雲が機械音声に大声で応えると、鉄の扉が音を出して開いていく。
スライドする扉が待てないのか、出雲は扉が開き切る前に、防壁の中にズケズケと入っていった。
「相変わらず、汚ねー街並みだな。」
出雲が防壁の中に入って呟いた言葉に間違いは無かった。
20年前に1度、人類は脅威により滅びかけた。
突然、人の身体が鉄のような外見になると、理性を失ったように、暴れ出す事件が多発した。
そして、歯止めが効かぬよう、次第に凶暴になっていく人類と呼べぬ存在に、人々は恐怖し、敵として認識するよう名をつける。
混ざった人類、『混合物』と。
人が死に、街が壊れた。
今、出雲が目にしているボロボロになった街並みは、その人類とハイブリッドが争った、破壊の傷跡だった。
歴史に刻まれた綺麗な20年前の姿を、このボロボロになった街並みから思い起こす方が難しいだろう。
崩れたビル。
途中で切れた電線、へし折れた電柱。
燻んだ地面に穴が開き、焦げた様な跡が残る。
瓦礫の山に人の気配はなく、錆びた鉄屑のにおいだけが鼻を刺激する。
以前ここに1000万人も本当に住んでいたのか 疑問さえ浮かんでくる。今では、廃墟、ゴーストタウンと呼ぶにふさわしい光景だった。
出雲は、そんな街中を元気よく鼻歌混じりで歩いていく。
ヘルメットからはみ出た、長く伸ばした左のもみ上げが、酷く目立つ変な髪型にも関わらず、少しやんちゃそうな切長な目が職人の様な雰囲気を醸し出すと、一目で明らかに個性が強そうな男に見える。その珍しい出雲と言う苗字も彼に相応しく思えてくる程だ。
20代前半に見える外見だが、少し子どもらしく見えるのは、彼の性格故だろう。
「あぁーーー!また、今日も一人かよ!!布志名来ねーーし!!」
独り言を大声で叫び、文句を言うが、もちろん、人一人出てこない。
出雲の声は街並みに響くと虚しくこだまするだけであった。
ピッピピピッ
突如、叫ぶ出雲の胸ポケットから電子音が鳴り響く。
出雲はその音にスマホを取り出すと、慣れた手つきでボタンを2回タップしたのち、長押しした。
『ハイブリッド残存地区内に入りました。これよりオペレーターモードに切り替えます。…暫く、お待ちください。』
スマホから自動音声が流れた数秒後に、人間の女性の声が聞こえてくる。
「聞こえますか?本日オペレーターを担当します、西尾 由理香です。よろしくお願いします。」
オペレーターらしい、綺麗な声が出雲の耳に届くと、出雲は嬉しそうに言葉を返す。
「なんだよ。今日オペ、ゆりちゃんかよ!かしこまんな。よろしく、あなたの出雲君でーす。」
「…もーほんま堪忍やわー。…また、しゅと君かー。」
出雲の声を聞いた由里香の声のテンションが明らかに落ちると、嫌そうに暴言を吐き捨てる。
「また、とは失礼だなー。頼りになる、しゅとさん、だろ。」
「うっさいなー、ほんま。もう、簡単に説明すんな。ハイブリ3体、左前のビル。多分ノーマル、鉄タイプ。」
「わー、いい加減。しかも、態度悪。さすが元請さんだわ。」
「あー、うっさいねん。ちゃっちゃっと片付けーや。」
「ゆりちゃん。…そんな態度するなら、俺バイブロ撃つかんな?」
出雲は左腕を上下に動かすと、得意げな顔で由里香に問いかける。
「絶対あかんからな!そのビルな、電気が生きとんねん…バイブロなんか撃ったらぶち殺すかんな。対象は多分ビル3階付近や。」
「こわッ!了解、了解。じゃあ、そろそろ本気出すから、ナビよろしくな。」
「はいはい。よろしく。」
話が終わると出雲は、スマホの差し込み口に小さな器具をつけ、ヘルメットにレシーバーを取り付けた。
あーと何回か呟いた後、由里香からの応答を確認し、ハイブリッドのいる、ビルの入り口付近まで歩みを進める。
そして、D環に掛けていた安全帯のフックを片方外し、肩に掛けると地面を思いっきり蹴りジャンプした。
その跳躍力も凄いが、浮いた状態で壁の窪みに手を掛けると、グイッと体を片手で持ち上げる。そして、流れる様に壁から突き出た鉄筋に片手で胴綱を回すと、D環に固定し綱を強く引っぱると体を空中に固定した。
「もう、めんどくせーから。飛ぶわ、俺。」
「あっ?こらッ!危ない事すんな。」
そう吐き捨てた後、由里香の声も聞かずに両脚で壁を蹴ると、同時にフックを外し、反動を利用して三階の窓から室内に飛び込んだ。
「ダイナーミックーー!」
「うっさい!あんたの声響くねん!しゅと君、右手前方!レーダー反応!」
由里香の指示に、出雲はニカっと微笑むと体を指示した方向に瞬時に向ける。そして、安全帯の工具入れに刺さる、プラスとマイナスのドライバーの様なものを、両手で投げつけた。
その投げた先には、人では無い何かが、照明の無い部屋で影を揺らすと、小さく唸り声を上げていた。
その影が不気味な姿を出雲にも見せると、銀色に鈍く光る体と瞳孔のない黒い瞳で出雲を捉える。
だが、投げつけた小型のバッテリーのついたドライバーは、出雲に気づいたハイブリッドの手前でバチバチとすごい音を立てると、プラスとマイナスが接触した瞬間、青白い強い光を伴い、爆発する様に火花を撒き散らした。
「バーン!まず一体。」
青白い閃光が周囲に輝き、光が収束すると、その鉄の塊は身体に穴を開け床に倒れ込む。
「アーク放電やべーよな。痛いじゃ済まないからね。ゆりちゃん、一体討伐!やっぱ、使い慣れた武器は、扱いやすいぜ。」
「油断しいひんの!右手前方、あと2体!」
由里香からのオペが、続け様に出雲の耳に届く。
「わあってる!後は、電光ナイフで決めてやるよ!」
出雲は由里香に言葉を返しながら、腰につけていた電光ナイフを右手で掴み引き抜くと、束に付いているグリップを強く握り込む。
取り出したナイフから、キィィィーンと甲高い音が徐々に鳴り響くと、出雲は2体のハイブリッド目掛け勢いよく突っ込んで行く。
出雲に気づいたハイブリッドが体を向けるより早く、出雲は床を蹴ると空中で身を翻し、回転しながら電光ナイフで斬りつけた。
空中で一刃の刃が白い光を放ち、ハイブリッドとナイフが重なり合う。
遅れて聞こえてきた様な、キィィィンとさらに甲高い音が短くなった後、2体のハイブリッドの頭は体から離れ、宙に舞う。
出雲はそれを空中で確認すると、綺麗に床に着地し、余裕そうに後ろを振り向いた。
「よッ、と!…終わりっ、と。」
「一応、索敵すんな。」
「はいはい、よろしく。…やっぱ振動型電光ナイフ、最高だわ。」
出雲はそう呟き、嬉しそうにナイフを片手で掲げた後、床に腰を下ろした。
「ごめんな。助けてやれなくて。…あー、そうそう、ゆりちゃん。ハイブリッドは、報告通り鉄タイプだったよ。」
「まあ、そやろうね。…索敵も引っ掛からんよ。大丈夫や。」
「はいはーい。…でもさー、不思議だよなー。」
「えっ?何が?」
由里香の問いかけに、出雲は胡座をかいた姿で肩肘を腿につけると、動かなくなったハイブリッドを見つめ言葉を返す。
「いやいや、なんで鉄と人がくっついたんだろうと思って。鉄と人間が結びつき、受信体ができると破壊衝動にかられ、人を襲うか。…あー、俺も、いつかあんなになるんかなぁ。なったら寂しい人生だったなー。女もおらんし。家でゲームばっかりしてるし、後は…」
「しゅと君独り言が多いねんって!布志名くんに文句言っとくかんな。…まあ、お疲れさん。」
「いえいえ。オペ、ありがとな。ゆりちゃん。」
優しく微笑んだ出雲は、由里香に感謝を伝えると、ゆっくりと立ち上がった。
「急に真面目にならんといてや。…まあ、電線が地下から立ち上がってるはずやから、ルート確認して、あがってええからね。」
「はい、後は都市機能の調査、修繕を頑張ります。あっ、ハイブリいないなら、都市修繕の計画書だすから、費用負担よろしくね。それでは。」
そう言うと出雲は、3階から地下に向けて、崩れた階段を降りて行く。
足元に散らばる瓦礫を見て、今は崩れたビルと街だけど、いつか俺たちが昔のように賑わう街にするからと、強く心で願う出雲だった。
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