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「色相保全機構(しきそうほぜんきこう)の者です! 道を開けてください!」
叫びながら騒ぎの中心へと向かう。機構の制服を見るや否や人垣が割れた。それでも物珍しさから遠巻きに人々は好奇の視線を向けてくるが、差しさわりはないだろうと判断して、神田は歩みを進める。
「あ、神田少佐(しょうさ)!」
騒ぎの中心で男を取り押さえる女性隊員は、神田に気付くと威勢よく声をあげた。神田とは三つしか齢が違わないはずだが、そばで見比べてみると大人と子供のようだ。本人は、低身長と童顔のせいで中学生に間違われると言っているが、神田自身は緊張感のない声と子供のような残酷さも手伝っているのではないかと分析する。現に今も、彼女の下で組み敷かれている男は完璧にノビてしまっている。全力で後ろ手に締め上げているが、おそらく何もしなくても逃げ出せないだろう。
「やりすぎですよ、花園(はなぞの)少尉(しょうい)」
手加減を知らない部下に注意して、神田は嘆息する。何より、真っ先に確保しなければならない筈のジェラルミンケースが放置されたままだ。人ごみに乗じて内通者に持ち去られてしまっていたり、中身が散乱したりしていたら始末書ではすまないかもしれない。中身が出る恐れがないことを確認してケースを拾い上げるとずっしりと重かった。中身が中身だけに、当然だが、こんな物を持ってあれだけ走れたのかと、神田は思わず感心してしまった。このまま中身を検(あらた)めたいところだが、規則のこともあるし、何より野次馬が十分に掃けていない以上、今ここでというのは難しいだろう。出来ることは、捜査車両を待つか署に同行してもらうかの二択だ。どちらにしろ、任意という形をとっている以上、彼が目を覚まさない事には何もできない。
無線で捜査車両を要請して、花園の下でノビている中年を見る。回復するのと捜査車両が到着するのでは果たしてどちらが早いだろうか。
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