第1章

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『現代では犯罪と狂気は両立しない』 誰の言葉だっただろうか? 哲学者のミシェル・フーコーだったような気がするが、今一つ自信が無い。 そんな事を考えながら医局に戻ろうとすると、「大西先生、少し時間がありますか?」とハスキーな声を背後からかけられた。 この声は木村看護師長だなと誰何するまでもなく気づいて足を止める。 振り返るとやはり、急性期病棟師長、木村澄子ナースであった。 小柄で、小動物を思わせるくりくりとした丸顔の女性。 しかし、精神病院勤務歴20年は伊達ではない。 時には自分より体格の大きな患者と渡り合ったりする職業だ。肩幅は大きく、シューズのすり減り具合が激務を物語っている。 「大西センセ、今日入られた鑑定留置の方、何か病棟スタッフに注意しておくことはありますか?」 えーと、誰だったか。精神病院では一般病院とは異なり、患者48人を一手に引き受ける必要がある。頭の中でカルテが飛び回る。
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