クロオイジマ

1/1
前へ
/30ページ
次へ

クロオイジマ

 安田はデジミスの『夕凪学園殺人事件』を読んでいた。作者は鯛野サクラって人物だ。  安田は5年前に夕凪高校を卒業した。  あまり、いい思い出じゃない。  安田は1週間前、電灯設備を切って黒老島(クロオイジマ)にある牢獄から脱獄に成功した。  手紙は1ヶ月に4枚までなら出せる。  高校時代の友人、高城に何度か出したが音信不通だ。  高城の祖父は闇市で成功した人物で、カストリ雑誌(いわゆるエロ本)を主に扱っていた。 『りべらる』『妖奇』『マダム』『でかめろん』などの名だたる男性雑誌がうちの地下倉庫にある。  カストリは昭和21年~昭和27年に大量生産された。永井荷風や武者小路実篤などもカストリ雑誌に寄稿していたのだ。  高城の両親は新潟で起きた航空機墜落事故で亡くなっている。祖父は高城にとって親がわりでもある。  祖父の家は夕凪駅前にある商店街の一角にあった。安田が戻って来たことを知ると腰を抜かしていた。「どうやって脱け出した?」 「いろいろ知恵を絞ったのさ」  安田は3年前の4月に発生した鎌首川殺人事件の犯人として捕まった。鎌首川は夕凪町の中央を流れるクネクネした川だ。その川縁で深夜、夕凪高校の2年生、三熊って男子生徒が殺された。  現場には安田のケータイが残されていた。  安田は事件当夜、鎌首川になんて行っていない。  安田は同じ昼の夕方、図書館で鯛野サクラの本を読んでいた。尿意をもよおし、トイレで用を足している最中に盗まれた。  安田は夕凪高校で用務員として働いていた。  桜はすでに散りはじめ、気温は3月に逆戻りしたかのようだった。  安田はスクールバスのなかで何度か三熊と顔を合わせていた。バスの運転も安田の仕事だった。  三熊は県議会議員の孫だった。  テレビのバラエティ番組などにも時々登場する。  入学式のときに本校に祝辞に来ていた。  三熊は体格のよい生徒だった。それもそのはず、彼は野球部で甲子園を目指していたのだったから。  ライバルの朝霧高校に2年続けて敗退している。  僕を嵌めた真犯人は絶対に学園内部の人間だ。  絶対に見つけ出して残忍な方法で殺してやる。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加