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自分でも、ずいぶんと長生きをしているものだと思う。
それはほんとうに不思議なこと。誰かより長く生きるために必要そうに思える、からだにいいような暮らしというものに、わたしはほとんど縁がない人生だったから。
だいたい、ひとさまより長く生きよう、生きたい、なんて考えたこともなかった。だって、ねえ、そうでしょう。わたしはそんな値打ちのある女じゃないもの。
それなのにどうしてか、まだ、今朝もこの身体は目を覚ます。夜中何度も起きてしまって大して寝た気もしないのに、頭は毎朝せっかちで、用もないくせにお日さまより早くベッドを出てしまう。そんなふうだから、昼間にばかり瞼が重くなる。
身支度をしたら店に行く。いくら用がなくても、用がないからこそ、店を開けないとたちゆかない。わたしはお世辞にも商売に向いた女じゃないから、店にいたところで儲けなんてないけれど、それでも日に造花のひとつふたつ、売れてくれれば暮らしてゆける。この年の女独りだから、それでもう充分すぎるほど充分。
お店は住まいの隣。ほんとうは、店の二階に住んでいたのだけれど、階段がきつくなってから家主にわがままを言って隣の古い空き家に置いてもらっている。もうずっと誰も住んでいなかったぼろ家で、そのうち崩れるかもしれないから人にも貸せない、あんたなら古ぼけ同士でこの家も喜ぶだろう、なんて家主に笑われたけれど背に腹は代えられない。それにその通りだから、いやな気になんかならなかったわ。
だって、ねえ、そうでしょう。いっそのこと、家もわたしとのしょうもない我慢くらべなんて止して、早く思いきり崩れてくれたらいいのに。
店の前へ来て、扉の錠を開けながら、通りの向かいをちょっと見る。つい昨日まで春先だったように思うのに、もう路地が埋まるほど落ち葉が散って秋風がそれをかき回していた。遠くには乗り合い馬車のかたちが見える。変わらない景色。
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