空梅雨

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 わたしは毎朝、同じニュース番組を見る。必ず天気予報をチェックする。今朝、「夕方から突然の雨に見舞われる可能性がありますよ!」と豪語する気象予報士を信頼して、お気に入りの傘を手に出勤した。しかしどうだ。定時になって窓から空を見上げたが、夏至を控えた空はまだまだ明るい。先週「梅雨入りしました」なんて言っていたけど、さっぱり雨の降る気配はない。あの気象予報士があてにならないのか、異常気象による気まぐれなのか。溜め息をつきながら、いつも通り会社近くの居酒屋へ向かうことにした。  水曜日は残業がない。会社の方針だから、仕方なく、だ。家に帰ってもひとりであるし、夕飯をこしらえるのはいいとして、片付けるのが億劫な週の半ば。夫が帰宅するまでの二時間、お気に入りのお店で、お気に入りのだし巻き卵と日本酒を嗜むのである。  「聖子さん、もう帰る? よかったら駅まで一緒に帰りましょうよ」  オフィスのエレベーターを降りたところで、後ろから声をかけられた。声の主は松永さんといって、わたしに仕事を教えてくれた先輩であり、高校生の娘さんをもつ、ベテランママでもある。彼女とは入社以来の長い付き合いだ。そのためこんなふうに声をかけられるときは、彼女の夫への鬱憤という名の風船が、はちきれんばかりに膨れ上がっているときだと知っている。わたしは躊躇なく「駅までと言わず、いつもの店、どうですか?」と、ジョッキを呷るジェスチャーをしてみせた。  わたしの友人や同僚には共働きの夫婦が多い。そして皆それぞれに悩みを抱えている。夫の浮気、収入の格差、家事の負担割合、育児への温度差……。結婚当初はこどもが欲しいと思ったこともあったけれど、毎日の忙しさに加えて苦労話を耳にするたび、そんな気持ちは薄れていった。何よりお互いが残業を終えて帰宅したあとに、そういう空気にならなかった。結婚して五年、夫婦の営みを最後にしたのはいつだったか。もともと性的欲求の強い者同士ではなかったことも影響しているのかもしれない。  来月で干支が三周目に突入する。健康診断の結果が不安になり始める年齢となり、妊活するなら最後のチャンスだということは自覚している。ただ、幸か不幸か、わたしの周囲には子作りを急かしてくる人間がいなかった。わたしはこのまま、夫と二人きりで年金生活を送るのだろうかと、ふとなんとも言えない気持ちになった。  
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