空梅雨

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 松永さんの愚痴はいつも通り始まった。行きつけの店に着いて、案内された席に座り、二人揃って日本酒を注文してすぐだった。開口一番「ていうかさあ、男ってなんで『男は仕事さえしていれば偉い』って思ってるの?おかしくない?」と、怒りを露わにした。  「ご主人、相変わらずなんですか?」  「そうよ。こっちも残業帰りだっていうのに、毎日疲れた疲れたってうるさいの。それで家事は何もかもわたしに押し付けて、休みの日は昼まで寝てるし。圭介のほうがまだマシよ」  「圭介くんって今年から中学生ですよね。お母さんの手伝いなんて素敵な息子さんじゃないですか」  「お姉ちゃんが厳しいからね」  松永さんはそこでやっと笑った。  「聖子ちゃんのところは、旦那さん優しいでしょ?最近どうなのよ」  今日は松永さんが延々としゃべる日かと思っていたが、そうでもないらしい。自分に矛先が向いて、このところ抱えていたモヤモヤとした気持ちを、初めて口にしてみる。  「こども、産むとしたら、そろそろタイムリミットなのかなあとは、思ってます」  この先夫婦二人きりで生活する中で、何かしら問題の起こることもあるだろう。そんなとき、松永さんのように娘さんや息子さんがいたら、その問題も少しは和らぐのではないか。もちろんこどもというのは、親の都合で便利に扱う道具ではない。ただ、夫婦とはいえ血の繋がりのない他人と二人きりというのと、こどもを授かって三人家族になるのとでは、きっと全く違う生活になると思うのだ。
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