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「こういうときって、もっと勢いに任せませんか?」
「こっ、こういうとき…?」
「その、大人の男女がベッドでキスしてるとき…」
「はいぃぃ!?」
「や、あの、自分で言っててものすごく恥ずかしいんですけど…」
「……、」
「まぁ、でも、記念日、ですし…」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らした。
そして「別にこういうのも嬉しいですけど…」と、俺の背中には躊躇いがちに腕が回される。
横向きになった顔から表情を読みとることは出来ないが、でも何を思っているのかは、その赤くなった顔を見ればすぐに分かった。
「…ダメですか?」
小春さんは顔を背けたまま熱っぽい息を吐く。
その不安げな声に胸が震えた。
こんなふうに小春さんが顔を赤くしているのはめずらしく、恥ずかしそうに横たわる彼女を見てしまうともうダメだった。
年上としての余裕とか、
(最初からないけど)
大人としての道徳とか、
(それこそ無いけど)
だけど小春さんに触れてしまった身体は正直で。小春さんを想う心はもっともっと正直だった。
俺は小春さんの前髪を払い、あらわになった額にそっと口づける。
「小春さんはズルいです。本当はもっと大切にしたかったのに…」
「そう思ってくれるなら、あたしにも全部ください」
「いいんですか?手加減、出来る自信ないですよ?」
「もちろんです」
「それにせっかく作ってくれたご飯だってまだ食べてないし…」
「そんなのあとで食べればいいじゃないですか」
「っていうか、小春さんにリードされる俺ってどうなんだろ…」
「別にどっちがリードしたっていいんじゃないですか?夏生さんに任せていたら一体いつになるか分からないし」
「……、」
「それに、記念日ですし」
「……、」
「ね?」
「…やっぱりあなたはズルい」
仕方なく腰を落とせば、小春さんはクスクスと笑って目を閉じた。
俺はくすぐったそうにしている彼女の頬を撫で、まっしろな首筋に甘く歯を突き立てる。
小春さんが悩ましげに四肢を捩れば、腕に巻いた時計はちょうど午前零時を知らせるところだった。
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