今宵、熱に甘えて

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今宵、熱に甘えて

  「へぇ、梓でも風邪引くのね」 お世辞にも正常とはいえない数字を叩き出した体温計を眺めながら言うと、つい先ほどまで体温計を咥えていた男は、あからさまに眉根を寄せて怪訝な顔をした。 正直、将来を誓った相手に見せる顔ではないと思う。せっかくの綺麗な顔も、仏頂面ではもったいないだけだ。 しかし、力なくソファへ横たわったところを見ると、軽口を叩けないくらいには具合が悪いらしい。日付が変わってしばらく経った頃、ようやく仕事から帰ってきた梓は一言「具合が悪い…」と言って、ソファへ突っ伏してしまったからだ。 体温計を咥えさせると、疑う余地なく風邪だった。 「具合が悪いならベッドで寝たらいいじゃない」 「そうですね」 「そうですね、じゃなくて」 いつもなら着替えを済ませてから寛ぐというのに、今日の梓は何を言っても動こうとしない。3人掛けのソファに足を投げ出したまま、浅い呼吸を繰り返している。 顔色だって悪いし、額やこめかみには汗が滲んでいた。 「薬は?飲んだの?」 「飲みました」 「食欲は?」 「無いに決まってるじゃないですか」 「他に具合悪いところは?」 「今のところ熱だけです」 「あらそう。仕事を詰め込み過ぎるからこうなるのよ」 ソファの傍らに立ったあたしは腕を組んでわざとタメ息を吐いた。
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