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テムズ川沿いを歩く。馬と、砂埃の臭いが鼻につく。
川は夕日に照らされ、ぬめぬめとした薄黒い波をうっている。
兄に聞いた話だが、昔はありとあらゆる汚物を放り込んでいたため、国会が機能しなくなるほどの異臭騒ぎが起こったそうだ。
今ではそこまでの汚染は無くなったが、近くに寄っても全く水中が見えないため、汚濁していることには変わりないだろう。
しばらく道なりに進むと、薄暮に照らされた大時計塔。ビッグ・ベンが浮かび上がる。
ウエストミンスターの大通りを抜け、レンガで舗装されていない小道に入ると、俺たちの隠れた安息所、『スワロー亭』がひっそりと営業している。
外見は路地裏の店舗にふさわしくみすぼらしいが、古英語で『swalwe(飲み込む)』とかけているところにウィットが感じられる。
俺たちのような若い貴族の子弟が腹いっぱい飲み食いできるように料理が豊富だ。
分厚い木製のドアを開けると、顔なじみの店員が「ようこそダンテ様」と一礼して赤い絨毯が敷き詰められた店内へ通してくれた。ここは会員制の『イン』。爵位を持った一族の男だけ、それも推薦状を持った者だけが入店を許されるのだ。
勝手知ったる店の中。新聞や、書架のコーナーを素通りし、303のボックス席に向かう。
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