第3幕

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血管にホルマリンを注入し、身体の穴という穴に香草を詰め込む。 子供といえど、死体は重い。胃の内容物を取り出すために開けた穴は絹糸で丁寧に縫い合わせる。 目玉は精巧な義眼に取り換えておく。死神の手は早い。瞳の混濁具合から、少女が2~3日前に死亡したことが分かる。死後硬直が緩み始めたようだ。 オレは青白く変色した少女の下腹部を撫で、しばし冷たく、滑るような質感を楽しんだ後、真っ白なレースで縁取られた衣服を神に召された者に着せる。 こうなれば身体の傷は目立たないはずだ。 オレのような防腐処理のプロから見れば、死因や死亡日時を推定するのはたやすい。 血や臓物で汚れたテーブルを急いでアルコールで拭き、自らの革の衣服にたっぷりとオレンジの香油を塗りこむ。 「終わりましたぜ」 死の香りが部屋から消えたのを確認して、ニス塗りのドアを叩く。 がちゃっと扉が開いて、白い縮緬をまとった夫人が駆け込んできた。死者の出た家は、魂が天に上りやすいよう、鍵はかけない。血や臓物が遺族の目に入らない工夫をしておくのが成功の鍵だ。 「おお、マリー。先週まで花冠を作って遊んでいたのに、どうして、どうして、、、、、、」 遺体に取りすがって、夫人がすすり上げる。ずっと泣いていたのだろう、充血した目から頬へ、無数の涙の跡が伝わっている。 「ほう、まるで人形のように愛らしい」 一歩遅れて入室した紳士が、防腐処理された娘をまじまじと見てため息ともつかぬ声を出した。
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