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「さぁ、部屋へ戻ろう」
紳士が夫人の背中をさすりながら、オレを一瞥した。威厳や礼節は崩していない。だが表情は暗く、憔悴した様子は隠しきれていない。
「妻のはしたない姿を見せてしまったな」
髭をさすりながら、紳士が詫びた。
「いえ、お構いなく。どうもこのたびは、、、、、、」
防腐処理業を成功させる秘訣は、遺族とあまり込み入った話をしないことだ。理不尽な死に見舞われた家は、落胆と憤懣、そしてそのはけ口を求めている。下手に触って怒りの矛先が自分に向かってはたまらない。
「オレの仕事は終わりました。後はしっかりした葬儀をしてやることですな」
ハウスメイドが運んできたお茶には手をつけず、玄関の方へ視線を向ける。
「君に頼んで良かったと思っているよ」
オレが帰りたいと思っていることを察したのだろう。紳士が布袋を取り出し、握らせた。
布越しにがちゃがちゃした手ざわり。そして重さ。代金に間違いない。
「では、あっしはこれで」
仕事道具をしまった大きな麻袋をかつぎ、代金の布袋を懐にしまう。丁重に門まで送られた。しかし使用人達の顔は一様に「関わりたくない」という顔をしていた。
しょせんは死体を扱う賤業だ。
だがオレは、この職業を天職だと考えている。
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