第3幕

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鉄道は最高だ。オレの住家とロンドンを簡単に結んでくれる。 ごとごとと機関車に揺さぶられながら、今日の仕事の出来を回想する。 時間は完璧だった。薬品類、香料もふんだんに使った。これで数年は保つだろう。 なめらかで、冷たい身体に触れた時の感覚がよみがえる。物言わぬ、人形。 少年の頃から、オレは暖かな生者よりも冷たい死者に心惹かれるという性質を持つことが分かった。 歳を経ない、時計の止まった完璧な美。反抗も、逃亡もしない完全なる隷属。 マリーのエンバーミングには一つ欠点があった。血液を抜き取り、ホルマリンとヒ素を混ぜた薬液を注入する。だが、心臓の鼓動が止まった人間の血液を全て抜き取るのは不可能だ。 いずれ彼女も、内部に溜まった血液から腐敗し、土へと還っていくだろう。 オレの求める『永遠の美』。ヴィーナスの塑像のような永遠不滅の生きた人形を創ること。未だ不可能だ。 だが、実はもう突破口は見つけてある。ドブネズミや野良猫でしか成功していないが、今日の午後はそれを試そう。いつの間にか、笑みを浮かべていたようだ。隣の乗客が怪訝な顔つきをして身体を反対側に寄せた。 まだ見つかる訳にはいかない。オレは努めて平静な顔をして、佇まいを直した。 ロンドン郊外にはまだまだ農園や公園が広がっている。オレは庭先に植わったブルーベリーを一口つまんで食べて、簡素なレンガ作りの我が家へ戻った。
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