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「カレンちゃんも可哀相だな。雑誌でブルーマー夫人が叩かれているっていうのに、半ズボンでふくらはぎや太ももまで男どもの視線にさらされるんだから」
真向いの格子から野太い声。デイブだ。
彼の全身は真っ黒な剛毛に覆われ、唯一肌が見られるのは唇と目だけ。
天井に届きそうなほどの巨体と、異様に大きな手足。
その怪異な容貌から、『ゴリラと人間の間に産まれた子』として見世物になっている。
彼の正確な年齢は分からないけれど、恐らくわたしとそんなに違わないだろう。
いかにも暴力的な外見に反して、心優しく、私たち3人の中で一番涙もろい。気性の激しい野人を演じるのは辛いだろう。
「何がかいてあるの?」
デイブは読んでいた雑誌を丸めて、鉄格子超しに投げてよこした。
読み古されてよれよれになった紙の束を開く。『パンチ』だ。
スカーに教えてもらったことだけど、『パンチ』はフランスの雑誌を意識して大英帝国でも発刊された雑誌だ。人形劇、『パンチとジュディ』からとられた雑誌名は、風刺絵が入っているから読みやすい。
蝋燭のほのかな明かりに近づけて、文字と絵を追う。一人の女性が男性の穿くズボンに似た服装をしている。ブルマーの発案者、ブルーマー夫人の絵だろう。女性が男性の真似事をし始めたと、彼女を非難する文が添えてあった。
女性の服装はドレスとペチコート。足を見せるのなんて論外。これが常識。
イスやテーブルの脚にも覆いをかけている家庭も多いらしい。だから、わたしは日光が苦手な吸血鬼、という設定の上、胸元や足を強調された服装をさせられるのだろう。
火傷の症状が治まるまで野外に出されることは無いだろうけど、今度は薄暗い室内で、神が隠せと命じた部分が見えるか見えないかの恰好をさせられ、男性の欲情を誘う演技をさせられるに違いない。
水ぶくれになった手足が痛い。今晩は眠られるだろうか。
私は蝋燭の炎を吹き消して、使い古された毛布を頭からかぶった。
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